私たちは未曾有の危機に直面しています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、痛ましいことに現在までに43万5,000人余りが命を落としました。世界銀行が発表した2020年6月の世界経済見通し(GEP)では、2020年の世界の国内総生産(GDP)は5.2%縮小すると予測しています。これは第二次世界大戦以降で最も深刻な世界的景気後退であり、国民1人当たりの所得は1870年以降で最も広範囲にわたる減少となり、それによって数百万人が貧困に陥ると予測しています。このような世界規模の統計は、この危機が世界の人々の生活に与える影響のほんの一端を捉えているに過ぎません。
現在、前例のない困難と不確実な状況にある中で、将来のリスクや災害について考えることは不自然に感じられます。ではなぜこのような時に、将来のリスクに向けて計画を立てるべきなのでしょう。またその計画はどのように立案すべきでしょうか。
理由1 経済が減速する中、災害のリスクは増加しています。
世界最大級の災害リスクモデル提供者である米RMSが、「今年、世界のどこかで深刻な災害が発生する可能性が高いかどうかを知るのに、CATモデル(災害リスク分析モデル)は必要ありません」と発表している時は、注意を払わなければなりません。[1]
新型コロナウイルス感染症が保健、経済、財政の3つの側面に打撃を与えているため、人々と企業は干ばつや暴風雨、洪水、食糧不安などの新型コロナウイルス感染症以外のショックやストレスの影響を以前よりもずっと受けやすくなっています。各世帯や企業の財務面の安全性は低下し、すでに食糧不安や、逼迫した保健システムによる複合的な保健医療面への影響に苦しんでいる地域もあります。政府の景気刺激策による国庫支出が急増する一方で国庫収入は減少し、新型コロナウイルス感染症以外のショックに対応するための政府の財政力も収縮してきました。危機下の重要な生命線である融資は制限される可能性があります。社会の各階層におけるその他のショックを軽減して対応する機能は、さらに限定的です。すべてを勘案すると現在の状況は、災害の影響はより深刻になり、被害の影響もより長く続くことを意味しています。
2つ以上のリスクが相互作用すると、リスクの総体的な影響が、個別のリスクの影響を合算したものよりも大きくなる可能性があります。これを複合的リスクと呼びます。
将来のリスクについて考える場合、タイミングが非常に重要です。多くの新興国や途上国における新型コロナウイルス感染症の患者数は、数カ月の間はピークに達しない可能性があり、この危機の影響が経済的、社会的に完全に反映されるにはしばらく時間がかかりそうです。この間、新興国や途上国では干ばつや洪水、暴風雨などのショックに特に脆弱になります。
たとえば、アフリカの角と呼ばれるアフリカ北東部が挙げられます。2,200万を優に超える人々がすでに食糧不安に直面し、数カ月にわたるバッタの大量発生により農業が損害を被り、この地域はすでに苦境に直面しています。さらに、6月18日の時点で確認された新型コロナウイルスの感染者は10,500名、死者は258名と、増加傾向にあります。経済見通しによって、今年は経済の減速も予測されています(エチオピアは5.8%、ケニアは3.9%、ソマリアは0.6%の減少)。[2] ここに大規模な干ばつが加われば、壊滅的な状況になり得ます。
アフリカの角地域に関する現在の予想では、干ばつと洪水のリスクのピークが、新型コロナウイルス感染症による患者数のピークと重なる可能性が高いことが示されています。ケニアでは干ばつだけでも、経済成長率を平均で毎年2.8%減少させています。[3] このような複数のリスクが重なれば、不安定な状況や国内避難民の発生などの短期的な脅威に加え、生命や生活、貧困緩和、経済成長に与える長期的な影響も複合的になります。
図1 エチオピア・ケニア・ソマリアにおける災害リスクと新型コロナウイルス感染の予想ピーク時期
理由2 将来が不確実でも、準備を整えることによる恩恵は明らかです。
新型コロナウイルス感染症から学んだことがあるとすれば、それは備えに代わるものはないということです。
準備を整えていた国は、より迅速に対応し、より適切に対策を取ってきました。緊急時予算や緊急融資など、ショック対応としてのセーフティネットや財政的なショック軽減策が事前に構築されていた国では、自国の経済を守る能力や、最悪の事態の発生時にも最貧困層の国民を直ちに保護する能力が高くなっていました。
社会を守るシステムは極めて重要だということが示唆されています。現在までに195の国と地域が、新型コロナウイルス感染症に対応する社会的保護システムを計画、導入し、状況に応じて適応してきました。[4] たとえばマラウイ政府は、現金給付プログラムを迅速に変更して都市部への介入も含めました。これは、新型コロナウイルス感染症による負の影響を受ける最貧困層の国民の金銭的ニーズを満たす上で役に立ちます。
また、財政を考慮することも重要です。財政的余裕が限られ、当面の予算が逼迫している場合には、将来のリスクに対する財政的準備の優先度が下がる傾向にあります。しかし、短期的なショックを軽減し、貧困の緩和と経済の発展に及ぼす長期的な影響を避けるため、これまで以上に備えが必要とされています。災害リスクファイナンスに対する効果的な戦略を整備しておくことで、必要な時に最小限のコストで確実に財源を確保することができます。
今年の例を挙げると、セントルシアは、国の自然災害リスク保険の資金からカリブ海災害リスク保険ファシリティ(CCRIF)に送金する金額を増額し、災害後の財政的逼迫を軽減しました。ネパールは初となる5,000万ドルの災害リスク繰延引出オプション(Cat-DDO)を進めました。これは対象国が、自然災害や保健関連のショックに対処できるようにする流動性の高い緊急ファイナンスの方法です。またドイツ政府は、アフリカの貧困で脆弱な最大2,000万人の人々を干ばつから保護するため、アフリカン・リスク・キャパシティ(ARC)からの保険金を利用して1,900万ユーロを提供しました。これによって干ばつの発生時にきわめて重要な財政保護を提供できます。
理由3 太平洋に注目、海水温が低いのは最悪の状況の前触れです。
財政的備えは、季節的な気象関連リスクに常に直面している国々にとって特に重要です。私たちは個別の事象を予測することはできませんが、気象パターンによって気象事象がいつどこで発生する確率が高いのかが分かります。季節的サイクル、季節予報、および既存の経済的・財政的脆弱性に関するデータを統合することで、今後6~12カ月の間にリスク発生の可能性があるホットスポットを特定できます。
地図1 季節的気象リスク発生のホットスポット(今後6~12カ月)
さらに、太平洋にも注意を払っています。ラ・ニーニャ現象が今年後半に発生する初期の兆候が見られます。これは、カリブ海地域と中央アメリカでは例年よりもハリケーンシーズンが活発になり、アフリカの角地域では干ばつリスクが高まり、東南アジアでは台風の上陸が増加するということを意味しています。
大西洋ではハリケーンシーズンがすでに通常よりも早く始まり(既に5月の時点で命名された暴風雨が2つ発生)、多くの地域で食糧不安が高まっています。財政的な計画と備えを強化する目的で、災害リスクファイナンス・保険プログラム(DRFIP)は、複数の大学やパンデミックモデリング企業と協働して、災害と進行中のストレスとの相互作用について理解を深め、クライアント国がこのようなリスクを管理するための新しいツールを共同開発しています。
こうした高リスク地域の国々にとっては、リスクの監視、計画の再検討、財政保護の整備の重要性がますます高まっています。
理由4 今こそ、今後のレジリエンスの強化に向けて計画を練る時です。
新型コロナウイルス感染症危機からの回復段階を予想すると、備えとレジリエンス(強靭性)の強化を、政策、投資、開発金融に盛り込む必要に迫られていることに気づきます。今こそ、新型コロナウイルス感染症からの回復計画に、レジリエンスをしっかりと一体化させる時です。
社会的保護セクターは、将来のリスク管理にとって重要な教訓を提供しています。リスクファイナンスをショック対応としてセーフティネットに組み合わせるという取り組みを、すでにケニアやウガンダが実施し、マラウイ、シエラレオネ、サヘル地域の国々が実施しようと計画しています。この取り組みには、レジリエンスに関する状況を大きく変える可能性があります。これと同じ原則を、保健、栄養、教育サービスなどのその他の重要なセクターのショック対応を強化したり、「財政的なショック軽減策」を脆弱な経済セクターに統合したりする目的に適用することが可能です。
社会的保護プログラムに災害リスクファイナンスを組み入れた経験により、成功のための3つの重要な要素が明確になりました。グローバル・リスク・ファイナンシング・ファシリティ( GFF)は現在、こうした教訓を他の重要なセクターに取り入れようとするクライアントを支援しています。
災害リスクファイナンスを社会的保護プログラムに組み入れた経験から得られた3つの重要な教訓 |
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教訓1 災害発生前に、災害リスクと潜在的な損害を理解しておく。 |
教訓2 タイムリーに対応できるようにファイナンス計画を事前に立てる |
教訓3 効果的な提供制度を実施する。 |
理由5 大規模災害(super cats)の増加:新しいリスクパラダイム
かつてない負の影響がこの新型コロナウイルス感染症危機によって生じています。おそらく、この感染拡大のスピードと規模に多くの人が不意を突かれて驚いているはずです。しかし、この種の連鎖的で複雑かつ体系的なショックは、地球規模で相互につながっている世界では以前よりも発生しやすいことは知られています。体系的なリスク事象である大規模災害(super cats)が続いているのです。気候の影響や、資源・環境に対する負荷の増加により、災害リスクが増大しています。私たちにとって差し迫った関心事は、この新型コロナウイルス感染症危機の最中に各国を守ることですが、このような将来のリスクへの取り組み方も考える必要があります。
この新しいリスクパラダイムの中では、財政的備えがますます重要になりますが、こうした新しいリスクを十分に理解して数量化するには新しいツール一式が必要です。世界中の多くの機関がこの同じ問題に取り組もうとしており、協働して行うことには知見を共有できるという利点があります。現在、DRFIPは60を超える国々で実施され、各国の財政的備えの強化に役立てられています。そして最初の段階として、私たちはクライアントと共同で新しいツールと手法を開発しながらクライアントのニーズを理解しています。
食糧価格の変動や送金フローの減少など、現状を悪化させかねない複合的リスクの各要素から目を離さないことも必要です。DRFIPの支援の下、世界銀行はリスク監視システムの構築に取り組んでいます。このシステムは、国の計画立案の向上と、現在および長期の備えの強化を支援することを目的としています。
私たちは、まだそのすべてに答えを出しているわけではありませんが、いくつもの問題を提起しています。たとえば、パンデミックリスクの保険プールに役割はあるのでしょうか。中小企業を将来のショックからより適切に守るには、リスクファイナンスの原則をどのように活用できるでしょうか。リモートセンシングや機械学習のような新しいデータソースはどのような役割を果たせるでしょうか。この新しいリスクパラダイムの中でクライエント国のリスク管理を支援するためには、グローバル・リスク・ファイナンシング・ファシリティのような既存のファシリティをどのように活用できるでしょうか。
これらやその他の問題について、毎週このブログで検討していきます。
[1] https://www.rms.com/blog/2020/05/26/pandemic-plus-quantifying-potential-compound-impacts
[2] https://www.worldbank.org/en/publication/global-economic-prospects
[3] 災害後のケニアのニーズ評価(2008~2011年干ばつ)
[4] https://www.ugogentilini.net/wp-content/uploads/2020/06/SP-COVID-responses_June-12.pdf
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