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急速に変化する世界での貧困測定

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Image世界銀行グループは、2030年までに極度の貧困層を人口の3%以下に削減するという目標を掲げている。数日後に持続可能な開発目標(SDGs)が国連総会で初めて採択されることを受け、国際社会も同じ目標を掲げることになるだろう。

数週間後、世界銀行は、SDGsの目標の進捗状況を計測するため、国際貧困ラインの改定を発表する予定である。生活に要するコストの変化を反映した新国際貧困ラインの設定で、極度の貧困層の世界的分布がより正確に把握できるようになり、保健、教育、水、衛生などの重要なサービスを必要な人に届け、その生活を大きく改善させることが可能になる。

国際貧困ラインはどのように設定するのだろうか。

まず、ほとんどの国は、各国独自のニーズ、背景、そして規範的基準を考慮に入れた貧困ラインをそれぞれ定めていることを指摘しておきたい。例えば、富裕国の貧困ラインは通常、低中所得国の貧困ラインより高く設定されている。各国が行う意思決定の多くは、自国の貧困ラインが使われる。

他方、居住国とは無関係に、世界中の最貧困層を共通の基準で測定したい場合には、「グローバル」な貧困ラインが必要になる。この場合、まず直面する課題は基準の設定である。

1990年、世界銀行の研究者グループは、世界の貧困層の数を把握するため、世界最貧国の基準を用いた測定法を提案した。彼らは、当時の最貧国数カ国の国別貧困ラインを検証し、購買力平価(PPP)を用いてそれらを米ドルに換算し、その平均値を算出した結果、1人当たり1日約1ドルという数値を出した。

2005年、各国間の物価に関する比較可能なデータがより多く収集され、再検討が可能になり、新たなPPPsが算出されたことから、今度は当時の世界最貧国のうち15カ国の国別貧困ラインの平均を用いて国際貧困ラインの改定が行われた。この改定後の貧困ラインが、1人当たり1日1.25ドルという数値だ。

この方法は正しかったのだろうか。この課題は今も盛んに議論されており、要点を述べると次のようになる。仮に、最貧国15か国に含まれるエチオピアで、内政事情により貧困ラインが引き上げられたと想定しよう。2005年に用いた方法に基づくと、国際貧困ラインが必然的に引き上げられ、その結果、最貧国15か国に含まれないケニアでは、貧困層の数が増えることになる。このような算出法の妥当性を疑問視する声は多数存在する。

だが、幸いにして、こうした論議が現在の我々の行動を遅らせる理由にはならない。2013年、世界銀行が、2030年までに極度かつ慢性的な貧困を撲滅するという目標を掲げたため、今重要なのは、今後も同一の基準に立って貧困測定にあたることである。   

購買力平価(PPP):各国データのグローバルな比較を可能に

そのため、新しいPPP指標が2011年に収集された(2014年に利用可能になった)とき、世界銀行は、2005年に設定された1.25ドルという貧困ラインを調整することを決定した。つまり、物価は2005年以降上昇しており、もはや1.25ドルでは、2005年に買えたものが、2011年には買うことができなくなったからだ。従って、我々が用いた方法は、世界の最貧国のインフレ率を平均して、名目上の貧困ラインは引き上げるが、実質価値では同等となるようにしたのである。近く発表される改定後の貧困ラインには、こうした経緯が反映されている。

PPPsは、国際比較プログラム(ICP)が収集した世界の物価データを基に算出されるため、各国の貧困測定値は、国ごとの様々な物価上昇率に応じて異なることを意味する。

国際貧困ラインの改定は地域や国々にとってどのような意味をもつのか

国際貧困ラインは主に、世界の最貧層の数を追跡し、世界銀行や国連をはじめとする開発パートナーが設定した国際目標の進捗状況を測定するために利用される。従って、この一見平凡にみえる算出方法は、強調してもしきれないほどの重要性をもっている。SDGsが、2005年の時点における1.25ドルという貧困ラインを基準にしているため、この貧困ラインを上下にどの程度調整するかは、各国の政策、世界的な援助フロー、ひいては人間の福祉に多大な影響を及ぼすことになる。

所得貧困以外の側面

貧困ラインの算出法がいかに重要であっても、その焦点は、なおも単純な金銭的測定基準に基づく、限定的なものでしかない。貧困には他の様々な側面があり、それらは、貧困ラインをいかに慎重に設定しても、それ以下で暮らす人々の数を測定するだけでは、必ずしも説明のつくものではない。だが、教育、保健、衛生、水、電気、そして現代社会に欠かせないインターネットや携帯電話の普及など、非金銭的な指標を取り入れるとしても、どの指標をどのように使用するのかという問題が残る。これらの多数の指標をまとめて、別の欄に表示すべきなのだろうか。仮に指標をまとめるとしても、何を重点とすべきか。浮上する問題は多岐にわたる。

今後の課題

こうした問題はすぐに解答を出せるものではない。SDGsが採択された今、この課題は今後しばらく続くと思われる。これに対処するため、私は今年の6月に、この分野における最精鋭のエコノミストを集めて国際貧困委員会を設立し、貧困と不平等についての国際的権威であるトニー・アトキンソン卿に議長になっていただいた。同委員会は、新たなPPPsが利用可能になる都度、どのような調整を加えるべきか、そして、貧困の他の多くの側面をどのように取り入れ、いかにまとめるべきかという課題に取り組んでいくことになる。

今日の世界は繁栄とは程遠い状態にあり、貧困や不平等の普遍的存在を決して容認してはならない。


投稿者

Kaushik Basu

Former Chief Economist & Senior Vice President of the World Bank

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