パンデミックは予防が可能である。ただし、政策担当者がワンヘルスのアプローチを取り入れ予算を立てることに意欲的であることが条件となる。ワンヘルスとは、人の健康が、健全な環境や、野生動物・家畜の健康と切り離せないとの認識である。
コロナ危機がもたらした前代未聞のインパクトは、感染症が世界全体を巻き込んだ本格的なパンデミックに発展するリスクがあることへの警鐘となった。東アジア・太平洋地域では、農業の拡大、無秩序な都市化、動物のずさんな売買、人口や家畜の密集という条件が重なっているため、感染症大流行の発生リスクが特に高い。しかもその傾向は、残念なことに高まる一方で、次なるパンデミックの発生もあながちあり得ない話ではない。そのため、事後に対応を図るのではなく、予防と備えのための包括的かつ統合的なアプローチへと舵を切ることが切実に求められている。
パンデミックは予防が可能である。ただし政策担当者がワンヘルスのアプローチを取り入れ予算をつけることに意欲的であることが条件となる。ワンヘルスとは、人の健康が、健全な環境や、野生動物・家畜の健康と切り離せないとの認識である。このアプローチは、人間と自然環境は相互に依存しているとの考えの下、統合的枠組みとして設計されており、特に予防に力を入れている。
ワンヘルスの考え方は、東アジア・太平洋地域において特に当を得ている。同地域では、景観、貿易、消費、人口構成の大規模かつ急激な変化に加え、動物から人間への感染が引き起こす新種の人獣共通感染症の発生源としてグローバル・ホットスポットの一つとなっている。新型コロナウイルスは言うまでもなく、重症急性呼吸器症候群(SARS)、ニパウイルス、, H5N1型鳥インフルエンザはいずれも東南アジアが発生源であり、研究の結果、次の世界的パンデミックもまた同地域が発生源になりかねないとされている。
世界銀行、食糧農業機関(FAO)、国連環境計画(UNEP)、国際獣疫事務局(WOAH)、世界保健機関(WHO)等の国際機関に加え、各国もワンヘルス・アプローチの重視を強化している。そのためには、各セクターやコミュニティが協力し、複雑な起源から広範囲に広がる新たな感染症の予防に向けて、保健、環境、農業、食料など様々なセクターの境界を超えて取り組む必要がある。
セクター横断的なこの戦略の初期の例としては、1998~99年にマレーシアで発生したニパウイルスのケースがある。養豚場や果樹園が、フルーツコウモリの生息する森林近くまで広がっていたため、動物からヒトに感染し、深刻な疾病の大流行につながった。感染源を突き止めるには、森林管理、野生生物、獣医学、ヒトの健康などの専門家による協力が必要だった。最終的にマレーシアとタイでは、果樹園を養豚場から離れた立地にすることに加え、疾病流行の危険が高い地域での監視強化、農業普及サービスの拡大が義務付けられた。
ベトナムでは、気候変動、保健システムの疲弊、不十分な農村インフラ、人口の急増、農業国であることが感染症大流行の影響を受けやすい状況を生み出している。保健システム、水産養殖、畜産で抗生物質が幅広く使用されているベトナムでは、細菌の薬剤耐性に関する懸念から、省庁を超えた監視戦略や耐性菌の追跡・察知の研究所機能の強化などから成る国家行動計画が承認された。2022年にはいくつかの政府機関が、動物からヒトへの感染症伝播を広範囲に予防・管理するための5カ年マスター・プランを策定した。
近年、域内各国は動物の健康、動物からヒトに伝播する感染症、食の安全に関する法律を整備したが、政策と国家行動計画の実施はまだ十分ではない。今こそ、連携を深め、ヒトと動物の健康や健全な環境に携わるセクター間で重要データの共有を促進するための措置を講じるべきである。ワンヘルスの考え方を実施するためには、特定の疾病に特化したプログラムにとどまらず、保健セクターにとどまらず、家畜農家、国立公園管理官、掘削業界、環境管理の責任を担うコミュニティまで巻き込むなどして、システム全体を強化するプログラムへと移行を進める必要がある。
このアプローチには投資が必要となるが、少しの予防には膨大な治療に匹敵する効果が見込める。世界銀行はこのほど、ワンヘルスと予防の考え方を投資判断のプロセスに取り入れた投資枠組みを提唱した。ワンヘルスの考え方に基づく予防コストは、世界全体で年間103億ドルから115億ドルの間であり、2020年のコロナ対策コストの1%にも満たなかった。
確かに、このアプローチの費用負担と便益享受は釣り合わない可能性がある。主に国やグローバルなレベルでの便益が期待される一方、森林破壊の抑止、野生生物の取引監視、畜産農場の安全性強化に係る費用は、それぞれの地域や、感染症大流行の影響を最も受けやすい国々によって負担されているからだ。それでも、パンデミックの予防は世界全体にとって重要な意味を持つ。恩恵を受けない国はないし、恩恵を受け得る国の数に上限はないからだ。
さらに、感染症予防に関連する多くの活動は、雇用や経済成長に大きく貢献する。例えばベトナムでは、農業がすべての雇用の37%を占め、農業、水産養殖、森林の各セクターを合計するとこの国のGDPの15%近くを占める。だが、気候変動の緩和・適応、食の安全性向上、持続可能な農業、ヒトの健康はまた、経済的利益ももたらすはずだ。
東アジア・太平洋地域には、ワンヘルスの実施で成果を上げるために必要な政策・資金面で国際社会の協力を確保する機会が間違いなく開かれている。世界がまだ、壊滅的なコロナ危機からの回復途上にある中、各国政府は限られた資源を最大限効果的に使い、金融、財政、社会、保健の各分野における様々な課題を克服する必要がある。ワンヘルスはすべてを解決する万能薬ではないものの、将来的なパンデミックのリスクを最小限に抑えるための持続可能かつ費用対効果の高い方法である。
本ブログは最初、2022年11月28日付けベトナム・ニュースの論説欄に掲載された。
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