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都市丘陵地における地すべりリスク管理:広島とサラエボの都市間対話から

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City of Sarajevo City of Sarajevo

世界中で異常気象による自然災害が多発する中、人と資産の集中する都市部は、気候変動対策の最前線にあるといえます。 都市は、災害リスクを特定し、リスク削減策を行うことで、人々やインフラを災害から守り、安全を守りつつ発展を続ける鍵を握っています。

広島とサラエボ―日本とヨーロッパという遠く離れた二つの都市には、実は多くの共通点があります。両都市とも、戦禍による荒廃から復興した歴史があります。またどちらも市域面積に占める山間部の割合が高いという地形的共通点があります。両都市とも、都市化に伴い丘陵地の住宅化が進んだことで、土砂災害(地すべり、土石流、がけ崩れ等)のリスクが高まりました。このような共通点から、両都市の行政担当者が参加し、地すべり・土砂災害リスク管理を話し合う都市間対話を行いました。

土砂災害リスクの理解

ボスニア・ヘルツェゴビナの全人口の8分の1が集中する首都サラエボでは、面積の60%以上を占める山間部での住宅建設が加速しており、地すべりリスクの高い丘陵地区における住宅建築をどう抑制するかという課題に直面しています。

日本で人口が8番目に大きい広島市も、市域面積の80%以上を山間部が占めています。1950年代頃の開発初期には、堤防等の治水対策が未整備だった太田川の氾濫原を避け、傾斜地に住宅地が広がりました。1970年代の人口増加に伴い、山間部である郊外への住宅開発がさらに進みました。住宅地の拡大による土砂災害の危険を抑制するため、市は急傾斜地の下端などに区域区分線を引き、それより上の開発行為を原則禁止しました。同じ時期に、洪水を防ぐための河川事業の整備を進め、川に近い低地の洪水リスクを減らしたため、主に農地だった平野部の宅地化が進みました。このように様々な開発に関する施策を実行しながらも、2014年の豪雨災害による土石流に代表されるように、広島はたびたび自然災害に見舞われてきました。そのため市は土砂災害に対するリスク削減対策を積極的に行ってきました。

サラエボを含む西バルカン諸国の都市への災害や気候変動対策を支援している世界銀行では、地すべりや土砂災害リスク管理の経験を豊富に持つ広島市に依頼し、その知見を海外の行政担当者に共有する場を設定しました。オンライン形式で行われたこの地すべりリスク管理の都市間対話は、「日本-世界銀行防災共同プログラム」による世界銀行東京防災ハブの支援と、広島市を「都市連携プログラム」の7番目のパートナーとして迎えた東京開発ラーニングセンターの協力によって開催されました。

ハード対策とソフト対策の組み合わせ

地すべりリスク管理の対話イベントの焦点となったのは、ハード対策とソフト対策を組み合わせた包括的な土砂防災へのアプローチです。日本では、地すべりや土砂災害のリスク管理に係る法的整備は国の主導で行われ、地方自治体が政策の実施を担います。人々の生活を守るための鍵となるのは、土砂災害の危険性の高い地域を特定した上で(リスク評価)、インフラ整備等で災害を防ぐハード対策と、災害の影響を減らすソフト対策を組み合わせることです。 ソフト対策には、リスクに基づいたゾーニング、ハザードマップ、建築・開発の規制、法令遵守に係る確認、リスク周知や訓練等があげられます。

日本では、開発抑制に係る区域(市街化調整区域)と土砂災害リスクに係る区域(土砂災害特別警戒区域)の二種類のゾーニングが、安全なまちづくりを推し進めています。地形的に土砂災害リスクの危険箇所の多い広島県では、日本最多の土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)が指定されています。このレッドゾーンで特定の建築が許可されるには、災害対策に関する厳しい基準を満たし、また安全基準の確認のための検査や定期点検で安全が保障される必要あります。図のようにこの二種類のゾーニングを互いに適正化することが、リスク地域で開発抑制を行う要として機能しています。

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図1: 建築規制区域とリスク警戒区域の適正化 (提供:広島市)

このように建築規制を厳しく行っても、異常気象による災害を完全に防ぐことはできません。 広島市では2014年に24時間雨量が280mmに達する豪雨災害が発生し、77名の命が失われ、5,000件近くの家屋が被害を受けました。この豪雨災害のあと、被害を受けた地域では、避難計画を見直し、新たな避難場所や避難用道路を整備し、防災対策を強化しました。この地域では、インフラ整備計画の提案やハザードマップによるリスク周知、また定期的な避難訓練に積極的に住民が参加し、住民の声が反映されています。

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図2: 土砂災害被災地における新たな避難用道路の整備(提供:広島市)

知見交換から安全な取組みの政策運営へ

サラエボにとって、広島の土砂災害の経験を学ぶことは、地すべり防災を見直す貴重な機会となりました。ワークショップの参加者は、サラエボにおいてリスク評価、ゾーニング、開発規制をどう包括的に推し進めていくかやその課題点について活発な議論を交わしました。議論の焦点となったのは、災害リスクが高いと判断されたいわゆる「レッドゾーン」においてどのように開発を規制するかです。日本では、レッドゾーンにおいて新規の開発許可を得ることはほぼ不可能であり、また、レッドゾーンに位置する既存住宅の建替えに際しては、厳格な建築安全基準を満たす必要があります。同様の規制をサラエボで適用することが現実的なのか等、意見交換がなされました。

サラエボはこれまで、地すべりリスク管理に係る様々な政策整備に取り組んできましたが、政策運営に課題がありました。サラエボの参加者は、都市間対話で広島市から土砂災害リスク対策の政策運営を学び、リスクの把握、モニタリング、防災のための建築手法等に関しては、二つの都市で大きな差がないことが分かりました。関係省庁や地方自治体の担当部署が協調して、ハード・ソフトを織り交ぜた災害リスク削減の取組みを積極的に実施していくことが、人びとや住宅をリスクから守ることにつながるというのが、イベントのひとつの結論でした。 対話に参加した、サラエボ県開発計画機関のアドバイザー Maida Zejnić氏は、広島から土砂防災政策や政策運営の実践的アドバイスを学んだことは有意義であり、地形的に共通点のある広島市とこれからも防災に関する交流を続けていきたいと感想を述べました。

広島市からの講演者からも、海外都市の地すべりリスク管理に関して深く知れたこと、またどのように広島市の経験を海外の都市に効果的に伝えられるかを考える良い機会になったとの感想を得ました。日本の培ってきた防災の知見は、地形的特徴や歴史・経験・教訓をふまえた特有のもので、環境の異なる世界の別の地域には当てはめにくいと思われがちですが、世界中の都市においても都市開発の課題には共通点があります。その土地ならではの経験や教訓も、他の都市にとって有益です。

世界中の都市が都市化と気候変動の両方の課題に直面する中、広島とサラエボが行った都市間対話は、より災害につよい都市環境をつくる上での、知見交換の重要性を教えてくれました。 

 

当ワークショップにビデオメッセージをお寄せいただいた広島市長の松井一實様、またご講演に加え、資料の提供や準備等にご尽力を頂きました広島市都市整備局宅地開発指導課の榎田一則様をはじめ、同企画総務局政策企画課の皆様に、深く御礼申し上げます。


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