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データを活用した迅速経済被害推定(GRADE)10年の軌跡

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データを活用した迅速経済被害推定(GRADE)10年の軌跡 米国メキシコ湾岸、フロリダ州サラソータに被害をもたらしたハリケーン「デビー」 写真:Shutterstock

災害がますます頻発化・激甚化する中、発災直後に迅速かつ信頼性の高い被害の情報を得る必要性はかつてないほど高まっています。政府や開発パートナー、人道支援機関は、被害の規模や特徴を速やかに把握することで、適切な対応を行い、必要なリソースを速やかに動員し、復旧支援を行うことが求められます。しかしながら、従来の被害推定は完了までに数週間、場合によっては数か月を要することがありました。

こうした被害推定の課題を解消するために、2015年に開発されたのが自然災害迅速被害推定(Global Rapid Post-Disaster Damage Estimation:GRADE)です。GRADEは、タイムリーかつ信頼性の高い被害推定を提供し、災害対応や復旧活動の優先順位を即座に判断できるようにするものです。2015年から2024年11月までに、54か国で発生した災害に対して66件のGRADEが実施され、政府や関係機関が危機に対してより迅速かつ効果的に対応できるように支援してきました。

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GRADEとは何か

GRADEは、世界銀行および防災グローバル・ファシリティ(GFDRR)内の災害リスク分析チームが開発し、「日本−世界銀行防災共同プログラム」を通じた日本政府からの資金的支援のもとに実施されている、遠隔でデータを使って行う被害推定手法です。

GRADEは、各種災害リスクモデリング手法や過去の被害データ、国勢調査・社会経済調査データ、衛星画像、ソーシャルメディア情報などを統合的に活用し、災害発生から通常2~3週間以内に予備的な被害推定を実施するものです。GRADEの分析結果は、被害の対象・場所・程度をデータに基づき詳細に示す第一報として取りまとめられることも多く、政府やタスクチームが重要な復旧判断を迅速に下す際などに活用されてきました。

17件の災害事例において、GRADEの推定は、他の詳細評価手法(例えばPost-Disaster Damage and Needs Assessments(PDNAs)など)による総合的な物理的被害の推計と88〜90%の一致率を示しました。推定結果の差異は、評価手法や前提条件、評価時期、データの有無の違いなどによるものです。この点については、2025年に公表された報告書『A Review of the Global Rapid Post-Disaster Damage Estimation (GRADE) Assessments: The Frontier in Rapid Post-Disaster Damage Estimations for Developing Countries』で詳しく解説されています。

 

迅速かつ信頼性の高い評価:10年の実績

この高い精度に支えられ、GRADEは世界銀行や開発パートナーによる資金提供時の判断に活用されており、例えば世界銀行の国際開発協会(IDA)による危機対応融資制度(CRW) の動員可否や、災害リスク繰延引出オプション(Cat DDOs)の発動判断、早期復旧投資での優先順位付けなどを支えてきました。過去5年間において、GRADE評価を踏まえ、アフリカ諸国向けにCRWから17.4億ドルが動員され、復旧・対応・再建支援に向けた迅速な資金提供に結びついてきました。

過去10年間、GRADEは地震、洪水、台風、火山噴火、地滑り、そして近年では人為的災害への対応も支援してきました。一部の事例では、その複雑さゆえにGRADEの標準的な手法だけでは対応が難しく、特別なアプローチを採用した事例もあります。以下にそのケーススタディを紹介します。

  • インドネシア:2018年9月28日に中部スラウェシでマグニチュード7.5の地震が発生し、地震動、津波、泥流の複合的な災害により4,300人が死亡、14,650棟の建物が被害を受けました。地震から11日後に公表されたGRADEの分析結果は、被災地域の救援・再建支援のために最大10億ドルの資金を投入するという世界銀行の判断に活用されました。同分析では、GRADE評価としては初めて、Google Earthで被害範囲を可視化できるKeyhole Markup Language Zipped(KMZ)ファイル(地理空間地図データパッケージ)が含まれました。これによって、複合災害による影響を迅速かつ視覚的に把握することが可能となったほか、インドネシア国家防災庁による詳細な地上調査(発災から4か月後に完了)を待つ前に、意思決定者が状況を理解する大きな一助にもなりました。

  • ウクライナ:2022年2月24日から3月31日にかけて、GRADEは紛争に伴う住宅や民間・公共インフラの被害評価に用いられました(GRADE評価としては初めて、自然災害以外の要因による直接的な経済被害を評価)。この期間の建物およびインフラの被害推定額は592億ドルと推計され、ウクライナの2022年度予算の120%以上に相当しました。こうしたGRADEの推定結果は、2022年の世界銀行・IMF春季会合での大臣級ラウンドテーブル討議における、世界銀行の方針文書(アプローチペーパー)でも使用されました。

 

今後の展望:インパクト向上に向けた進化

災害が頻発化・激甚化する中、GRADEは以下の観点から継続的に改良が進められています。

  • より高度な分析:AIや機械学習を統合し、被害の検知や分類の精度を改善

  • セクター別モジュールの構築:交通、保健医療、教育、エネルギーなど重要分野に特化した手法の開発

  • 国レベルの能力強化:各国政府がGRADEツールや関連する専門知識を自ら活用し、迅速かつ地域に根ざした評価を実施できるよう支援

過去10年間に実施されたGRADE評価は、建物を中心とした曝露、それらの脆弱性、ハザードに関する膨大なデータベースの蓄積にも貢献してきました。これらのデータは、災害によるセクター横断的な影響に関するさらなる分析、知見の獲得に活用することも可能となっています。

 

災害発生時における主要セクター別の被害規模(GRADEのデータベースに基づく推計)

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各国政府にとって、GRADEは復旧に向けた迅速かつ信頼性の高い足がかりとなるものです。また世界銀行チームや他の開発パートナーにとって、GRADEは資金提供や活動計画を決定するための、精度が高くコスト効率に優れた基盤を提供してきました。災害がますます頻発化、複雑化、高コスト化する時代において、GRADEのような被害評価ツールは、より賢明で迅速な対応を実現する上で不可欠な存在となっています。


Rashmin Gunasekera

Senior Disaster Risk Management Specialist

Harriette Stone

Senior Disaster Risk Management Consultant, World Bank

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