新型コロナウイルス感染症(以下:新型コロナ)が世界的に大流行する中、2021年1月、インドネシアのスラウェシ島で、マグニチュード6.2の地震が発生しました。その結果、被災地域の4つの大規模病院では、建物が損傷・倒壊し、救援・治療活動が妨げられるなどの被害が生じました。こうした事態により、緊急時でも治療を提供し続けるための災害に強い医療システムを強化することの重要性が浮き彫りになりました。
新型コロナが世界的に感染拡大する前から、多くの国々では様々な資源や能力の制約から、日常的な保健医療の需要を満たすのに苦労してきました。 今後数年の間に、災害や気候変動、感染症の大流行、人口動態の変化、慢性疾患などが、既にひっ迫している保健医療システムをさらに疲弊させるでしょう。
災害や感染症の世界的流行などの危機に対し、各国はどのように保健医療システムを準備すればよいのでしょうか?世界銀行の報告書「フロントライン(Frontline)」が青写真を提供しています。この報告書は、各国が「危機」に対応し、適応する医療システムの能力を評価し、その結果に基づいた、保健医療システムにおける防災を強化するための優先行動を特定する必要性を強調しています。
災害に強い保健医療システムのための「フロントライン・スコアカード(Frontline Scorecard)」は、報告書で示した指針に沿って、データに基づく国別ギャップ分析を行い、主要なリスクや優先的対策事項を特定するツールとして役立ちます。このスコアカードは低中所得国に焦点を当て、対策事項に関する投資配分や政策・組織的改革、さらにそれらに優先順位をつけるために資するものとなるでしょう。
スコアカードは85の指標を用いた各国の既存の状態を評価することによって、迅速に基礎的な診断結果を提供します。評価対象は、フロントライン報告書で提唱されている、気候変動や災害に対する保健システムの強靭性に寄与する5つの領域に基づいて構成されています。
- 基盤となる基礎的医療サービス提供体制:機器、資金調達、熟練したスタッフ、効率的な管理とリーダーシップなど医療提供を可能にする様々な要因に焦点を当てています。
- 保健医療施設:施設の設計、建設基準、運営能力、人員配置、緊急時対応計画と手順、リスクにさらされている人々に対応する準備など、保健医療施設ごとの能力を検討します。
- 保健医療システム:緊急事態発生時に必要とされるスタッフや資源を含め、柔軟で危機に対応できるサービス提供方法の能力を評価することで保健医療施設とサービスのシステム全体の調整に焦点を当てます。
- 緊急時対応の統合:保健医療システムと、緊急事態の管理に必要不可欠な市民保護や非政府組織などの緊急対応ネットワークとの間の連携体制や相互運用性を検証します。
- 災害に強いインフラ:相互依存的なインフラ構成要素として、医療システムを支えるインフラのうち、その途絶や故障が医療サービス提供体制に直ちに影響を与えるもの、特に水、電気、交通・輸送システムを対象としています。
85の指標は、世界銀行、世界保健機関(WHO)、経済協力開発機構(OECD)などの多国籍機関が提供している指標を活用し、各国の公的報告書、保健医療、災害リスク軽減、緊急対応、インフラに関するその他の当局からのデータに基づいて評価されています。
また、指標は、防災のサイクルの各段階やWHOの保健医療システムの構成要素と関連づけて分析されています。こうした既存の枠組みに照らし合わせて評価することにより、スコアカードの学際的な適用性を示すとともに、評価結果を解釈する際に、実際の対策に繋げやすいように意図されています。また、スコアカードの結果は、各指標のデータ収集方法、割り当てられたスコアの根拠、各指標を評価に含める正当性の根拠などを示すことで、こうした指標にのみ基づく評価による限界を明らかにします。
診断にかかる時間は、データの有無や有効性にによって異なりますが、スコアカードを使った国別診断は、オープンソースのデータを使った初期評価であれば2日で、ステークホルダーとの直接的な関与を伴う、より詳細な国別評価であれば数週間以内に実施することが可能です。
初期的検討に基づく結果と結論
保健医療システムのための気候・災害リスク管理に関するグローバル・プログラム(仮訳)(the Global Program on Climate and Disaster Risk Management for Health System)のチームは、現在、数カ国でこのツールの試験運用を行っています。初期段階の結果は、このスコアカードから独自に導き出した結果が、より包括的な調査から得られた結論に近い結果を出していることを示しています。このスコアカードは、詳細な調査に代わるものにはなりませんが、この初期段階での検証結果は、スコアカードによる基礎的な評価が信頼できる評価結果を提供できることを示唆しています。その利点は以下のとおりです。
- スピード:最初のスコアリングは数日以内に完了し、プロジェクトや政策対話のためのより効果的な意思決定に貢献します。
- 信頼性:信頼できる情報源による指標とデータに基づいて開発され、複数の段階にわたるレビュープロセスを経ています。
- 柔軟性:優先順位と利用可能なデータに基づいて、スコアカードに分析のために必要な追加的な側面を含めた評価となるように調整することができます。
- 適用性:国際的な既存データと国別データを併用することで、この評価は多くの国で運用可能です。
フロントラインスコアカードは、各国が保健医療システムを強化するための最優先すべきニーズの特定や、先行き不透明な時代に、人々の強靭性を高めるための投資や改革に優先順位をつけることに役立ちます。
この活動は、世界銀行の防災グローバルファシリティ(GFDRR)の「保健医療システムのための気候変動・災害リスク管理に関するグローバルプログラム」の一環であり、日本ー世界銀行防災共同プログラムの資金援助を受けて実施されています。このプログラムは世界銀行のチームと協力し、各国政府がより強靭な保健医療を構築できるよう支援しています。
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