2019年4月22日、世界で4番目に人口の多い島であるフィリピンのルソン島でマグニチュード6.1の地震が発生し、多くの死者と、死者数を大きく上回る負傷者が発生しました。震源地はマニラ首都圏の北西82kmで、液状化により数棟の建物が傾きましたが、今回の地震ではそれ以上の大きな被害は免れました。
東南アジア最大級の経済拠点であるマニラ首都圏は、フィリピンの人口の約11%が居住し、国内GDPの32%を占めるフィリピン経済の中心地です。2019年の地震によるマニラ首都圏の被害は比較的少なかったのですが、その背後にはより大きな危機が潜んでいます。首都圏の直下を走り、マニラ首都圏を横断する複数の地震発生源の中でも最も深刻な脅威を呈しているウェストバレー断層(WVF、Map1)沿いに大地震の脅威が迫っているのです。
潜在的な影響
マニラ首都圏のあるリスク評価では、WVFでマグニチュード7.2の地震(可能性のある最大のシナリオ、いわゆる「The Big One」)が発生した場合、およそ4万8,000人が死亡し、480億ドルの経済損失が発生すると試算されています。また、首都圏の都市交通、医療システムなど重要な公共サービス、および、水供給やエネルギー供給などライフラインのインフラにも深刻な脅威を呈しています。
病院と医療システムは、地震の発生直後から不可欠な役割を果たします。稼働が可能な施設は、政府の業務継続計画や地震による医療ニーズの急増に対応する必要があり、加えて、これと同時に日常の患者対応と元来脆弱性の高い集団である既往症を有する患者に必要な基本サービスを提供し続けなければなりません。このような施設がクリティカルケアを提供できるか否かは、地震の揺れに耐えられるか、また、交通インフラが被災してもアクセス可能であるか否かにかかっています。
アクセシビリティ分析
リスクを評価し、戦略的な備えができるよう、フィリピンの地震リスク削減と強靭性プロジェクト(Philippines Seismic Risk Reduction and Resilience Project)の一環として、土地の液状化(地震による地盤変形)、病院の場所、交通網、予想される都市交通の不通に関する政府のデータを用いて、マニラ首都圏の地震リスクを分析しました。Map2は、WVFが震源地となる地震発生時に液状化の影響を受ける道路の場所を示しています。しかし、液状化や地盤変形は、地震による地盤の揺れと同様、予想されるものにすぎません。道路についてはおよそ5,300カ所で直接WVFを横断していることから、地震発生時には大きな被害を受け、通行不能になる可能性があります。その結果、人々は通勤もできず、重要な公共サービスにもアクセスできず、行政は緊急事態に効果的に対応できなくなることが予想されています。
この分析によれば、WVFで地震が発生するとマニラ首都圏の道路網の約34%にあたる7,000km超の道路が液状化の影響を受け、地盤が変形し道路の通行が妨げられる可能性が存在しています。医療施設へのアクセスに要する時間は、交通量が非ピーク時のベースラインと比べて大幅に増加します。マニラ首都圏全域で平均すると、アクセスに要する時間は約148%増加するとなっているのです(Map 3)。液状化の影響を受けるいくつかの場所では、アクセスにかかる時間が10倍も長くなる可能性があり、事実上、孤立した状態になってしまいます。Map 3はマニラ首都圏でアクセスに要する時間が最も長くなる場所を示しており、Figure 1はこれらの数字をまとめたものです。また、地震後のシナリオにおいて、マニラ首都圏の人口の約10%(110万人)について、救急車による病院へのアクセスが1時間を超えてしまうことが示唆されました(ベースラインのシナリオでは0.7%)。
「The Big One」に対する備え
地震の影響を最小限に抑えるには、備えと対応システムへの投資が肝要です。重要な道路の区間やその近隣地域に的を絞って緊急時の備えと対応策への投資を行えば、災害発生時およびその直後から復旧にかかる時間を短縮し、人々が必要とする公共サービスへのアクセスを強化することができます。これが、世界銀行の「フィリピンの地震リスク削減と強靭性プロジェクト」の目的です。地震やその他の災害に対するこの都市の強靭性を高めるため、公共性の高い建物の改修、主要な政府機関の備えと対応能力の強化、重要なサービスへのアクセスにかかる緊急対応能力を戦略的に位置づけます。地震の脆弱性評価を基に、医療施設や学校など425件の公共建築物が補強されています。さらに、交通と輸送の復旧計画、ならびに危機管理と情報伝達の改良によって、緊急事態への備えを強化しました。これは、緊急事態に対応し、災害後に必要不可欠な支援を提供する公共事業・高速道路省(DPWH)の能力強化に寄与しています。
2019年4月22日に発生した地震のような災害は、震源地が今回よりもマニラ首都圏に近い地震に対する備えが急務であることを浮き彫りにしています。このプロジェクトを通じて、フィリピン政府は住民に対する強靭性と安全性を高め、災害への備えを積極的に強化することで、これを実現していきます。
本件は世界銀行の「防災グローバル・ファシリティ(Global Facility for Disaster Reduction and Response:GFDRR)」の「保健システムにおける気候・災害リスク管理に関するテーマ分野」の一部であり、「日本―世界銀行防災共同プログラム(Japan-World Bank Program for Mainstreaming Disaster Risk Management in Developing Countries)」の支援を受けています。本プログラムは各国政府が世界銀行のチームと協力して、より強靭な医療体制を構築できるよう支援しています。
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