2021年となり新型コロナウイルス感染症への対応において明るい兆しも見える中、今回の危機が2020年に世界の貧困に与えた影響について振り返り評価します。2020年10月、「世界経済見通し(GEP)」6月版で発表された成長予測を用いて試算したところ、2020年に世界全体で8,800万人~1億1,500万人が極度の貧困に陥ることになるとの結果が出ました。そして今回、GEP2021年1月版の予測を使ったところ、その数は1億1,900万人~1億2,400万人に増えたと推定されます。この試算は幅があるものの、最近の各種成長予測に基づいたその他の試算と一致しています。
これまでの試算同様、新型コロナウイルス感染症の影響による新たな貧困層の数とは、今回の危機を加味した場合と、加味しなかった場合の差として算出しています。加味した場合の予測では、GEP2021年1月版の成長予測を使い、加味しない場合は、2020年1月版の成長予測を使っています[1]。ただし、この試算では2020年を「振り返って」はいるものの、2020年よりも前の世帯調査を基にしています。
世界全体の貧困が拡大したとする2020年の推計は、これまでに例を見ないものです。図1は、1992年~2020年の世界全体の極度の貧困層の年別推移を示しています。縦棒はそれぞれ、前年の貧困状態から抜け出した、または新たに極度の貧困に陥った人の数を表しています。新型コロナウイルス感染症より前の30年間に、危機によって世界の貧困層の数が増加したのはアジア金融危機のときだけで、1997年に1,800万人、1998年にさらに4,700万人、極度の貧困層が増えました。1999年以降の20年間に、極度の貧困状態にある人の数は、世界全体で10億人以上減少しています。こうした貧困削減の成果も、その一部は、新型コロナウイルス感染症の世界的流行によって失われかねない状況にあります。20年ぶりに貧困層が大幅に増加する可能性が高まっています。今回の危機により、極度の貧困が2020年に、ベースライン・シナリオでは8,800万人、ダウンサイド・シナリオでは9,300万人増えるとみられています。危機がなければ極度の貧困に陥らなくて済んだ人(2020年は3,100万人)を計算に入れると、2020年に新型コロナウイルス感染症の影響で新たに貧困状態に陥った人の総数は1億1,900万人~1億2,400万人と推定されています。
図1:極度の貧困層の推移、1992~2020年
図2は、2020年時点で発表されている各種の成長予測を基にしたもので、2020年に新型コロナウイルス感染症の影響により新たに貧困状態に陥った人数の変化と地域別の推定値内訳を示しています。今回の危機の影響が深刻化したことで、今年については予測が大きく変わりました。この傾向は特に4月の成長率との比較において顕著です(6月から1月のGEPでの増加は上昇が穏やか)。これは主に、南アジア地域の見通し悪化のためであり、新型コロナウイルス感染症の影響による同地域の新たな貧困層にも変化をもたらしています。ただし、近年は南アジア地域において、今回の危機の以前でも、2011/12年以降インドでの新しい世帯調査データがないため[2] 、貧困層の推定値は極めて不確実となっています。
2020年4月の成長予測を用いた試算によると、2020年に世界全体で新たに6,200万人が1日1.90ドル以下で生活する極度の貧困状態に陥り、中でも南アジア地域とサブサハラ・アフリカ地域がそれぞれ全体の約5分の2を占めたとみられます。2020年6月の成長予測を使った結果では、世界全体の貧困層の数が8,800万人~1億1,500万人に増え、新たに貧困に陥る人の約半数が南アジア地域の住人であったとみられます。さらに現在、 2021年1月の予測を使った結果では、世界全体で新たに1億1,900万人~1億2,400万人が貧困状態に陥り、約60%が南アジア地域の住人が占めるとみられます。
1日3.20ドル未満で生活する貧困層もまた増加しています。 GEPのベースライン・シナリオを使った試算では、1日3.20ドル未満で生活する貧困状態に新たに陥る人は世界全体で、2020年6月の予測に基づく1億7,500万人から、2021年1月の予測に基づくと2億2,800万人に増加します , が、これもやはり南アジアが要因です。1日5.50ドル未満の貧困層については、世界全体では特に悪化するとはみられず、2021年1月版のGEP予測を使った最新の試算でも、2020年6月版を使った試算と同じ範囲にとどまっています。これは主に、南アジア地域の貧困層増加を東アジア・大洋州地域の予想より高い成長見通しが打ち消したからだと考えられます。
図2:新型コロナウイルス感染症の影響で新たに貧困状態に陥った人の数(各種の成長予測別)
2020年が近年の歴史において特に困難な1年であったことには疑いの余地がありません。ワクチンの開発には進歩が見られるものの、過去1年間の貧困層増加が2021年に好転するとは考えられません。図3は、新型コロナウイルス感染症以前、GEP2021年1月版の予測を使った新型コロナウイルス感染症のベースライン・シナリオとダウンサイド・シナリオに基づく2021年までの貧困状況の短期間予測です。先に述べた通り、2020年に今回の危機の影響で新たに貧困状態に陥った人の数は、世界全体で1億1,900万人~1億2,400万人と推定されていますが、2021年にはその数は1億4,300万人~1億6,300万人に増えるとみられます。2021年の予測値は 極めて暫定的である一方で、世界全体で数百万人にとって今回の危機が短期間には終わらないことを示しています。アジア金融危機(図1を参照)の際には、1999年に4,200万人が極度の貧困を抜け出し、今回の危機までの20年間に極度の貧困を脱した人は平均で年間5,400万人に上りました。1年後に2021年を振り返ったとき、貧困削減が年初の予想をはるかに上回って進んだ年になったと言えるよう期待したいところですが、この1年間に成長見通しが悪化を続けたことから判断すると、期待通りには進まないかもしれません。格差の拡大というもうひとつの下振れリスクがあります。ここでは触れませんでしたが(推定値はいずれも格差は横ばいとの前提に立ったもの)、ほかのブログで取り上げています。今回の危機について唯一確かなことはおそらく、近代史においてまさに前代未聞の事態であるということでしょう。
図3:極度の貧困の短期間予測、2015~21年
極度の貧困追跡のためのデータとエビデンス(DEEP)リサーチ・プログラムを通じた英国政府からの資金援助に心より感謝申し上げます。
[1] これまで同様、対象年(2019~21年)の成長率調整のために世界的に使われている0.85のパススルー率を使用(パススルー率の計算に関する詳細はLakner et al. 2020を参照)。2019年のいずれのシナリオにもGEP2021年1月版の最新の予測を使用。
[2] 予測には、2017年の世界の推定貧困に含まれているインドの推定値が含まれていない。インドの推定値に関する詳細は、Castaneda et al. (2020) と Poverty and Shared Prosperity 2020 (Chapter 1, box 1.2) を参照。
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