新型コロナウイルス感染症の世界的流行が始まって1年以上になるが、今回の危機が世界の貧困に与える影響についてはまだわからないことが多い。危機が経済にもたらす影響については、複数回にわたって実施された電話による世帯調査を通じ幅広い理解に至ったが、貧困への影響については、その把握に必要な詳細な世帯調査は保留されたままだ。世帯調査を待つ間、国民所得成長予測を用いた過去の世帯調査から所得と消費を推察するというこれまで通りのアプローチを用い、危機が貧困に与える影響について理解を進めていく。シンプルではあるが、この方法は概して、貧困を短期的に予測するためのより複雑な方法をしのぐものである。
2020年、新型コロナウイルス感染症が世界中に広がり、成長予測が悪化する中、我々は今回の感染症危機が世界の貧困に与える影響について段階的に予測を引き上げた。これまでの試算同様、新型コロナウイルス感染症の影響による新たな貧困層の数とは、危機を加味した場合と、加味しなかった場合の差として算出している。加味した場合の予測では、「世界経済見通し(GEP)」の最新の成長予測を使い、加味しない場合は、危機以前のGEP2020年1月版の成長予測を使っている。2021年1月我々は、GEP2021年1月版の予測を使い、今回の危機により2020年に世界全体で1億1,900万人から1億2,400万人が極度の貧困に陥ったと推定した。
だが今回、本ブログ上で、3月と6月に更新された世界の貧困データ、ならびにこのほど発表されGEP2021年6月版の成長予測に基づき、1月の予測を修正すると共に、以下の2つの疑問に対する暫定的な回答を示したい。世界の貧困は2021年に感染症危機を脱することができるのか、またその場合、状況はどの国も似通ったものとなるのか、という疑問である。
我々は、2020年に危機のせいで新たに9,700万人が貧困に陥ったと推定している。これは、1月時点の予測と比べ約2,000万人少ない(危機の進行に伴い、我々の予測がどのように推移したかを示す図はこちら)。今回、見通しが下方修正されたとはいえ、世界全体の貧困はかつてないほど増えている。
図1:極度の貧困、2015~21年
2021年には、世界の貧困が2020年よりも約2,100万人減るとみられる。危機の前に我々が予測した2021年の減少幅とまったく同じある。つまり、世界の貧困は減少し、減少のペースは危機以前に戻ると考えられる。その意味では、世界の貧困は2021年に感染症危機を脱するともいえるかもしれない。それでも、危機が広がる前に予測した2021年の貧困レベルに戻りつつあるわけではない。実は、減少幅が危機以前の予測と同レベルであるため、2020年に危機により新たに生じた貧困を解消するには、現在の回復ペースでは十分でない。世界全体として、2020年に感染症危機により新たに生じた貧困は依然として解消されず、2021年も、危機がなかった場合と比べ、貧困予測は9,700万人多い。つまり、我々が危機の前に予測したペースで世界の貧困が減り続けた場合、感染症危機の悪影響のため、貧困層は当初の予測より年間数千万人多くなる。
貧困削減が危機以前のペースに戻るというこのパターンは、図2に示す貧困層の相対的変化を見るとより明確である。2020年から2021年にかけ極度の貧困層は2.9%減少するとみられる。これは、感染症拡大の前に見られた貧困層の年間減少率(2.3%~3.7%)、ならびに感染症拡大の前に我々が予測した2021年の貧困削減率(3.3%)とほぼ等しい。
図2:世界の極度の貧困層の年間推移(%)
なぜ2021年に世界の貧困は減少するとみられるのだろう?言い換えると、なぜ貧困層が暮らす国々で貧困が増加に転じると予測されるのだろう?我々は今年1月の時点で、2021年に世界の貧困層はよくても横ばいで、新型コロナウイルス感染症により貧困に陥る人は約1億5,000万人になると予測した。今年になってから、インドでは4月と5月に過去最大の数百万人が感染するなど、低・中所得国でこれまでになく感染拡大が広がっている。こうした展開は、我々の1月時点での予測が楽観的過ぎであり、貧困層は2021年に一段と増加していくと示唆していることにならないだろうか。2021年になぜ世界全体として貧困が減少する可能性があるのかについては臆測しかできないが、以下の理由が考えられる。
今回の危機が始まったとき、多くの途上国は、国の中心的都市の封鎖という、高所得国と似た対応をとった。こうした都市封鎖により所得が減って雇用が失われ、極度の貧困拡大を引き起こした。2021年に入ると、さほど積極的な都市封鎖はみられなくなっている。これにより、感染者数と犠牲者数の増大と引き換えに経済への悪影響は抑えられたかもしれない。このパターンは、学校や職場の封鎖、移動の禁止、部分的または全面的な都市封鎖など、国別の感染症対策をオックスフォード大学がまとめたOxCGRT厳格度指数でも読み取れる。2020年5月、調査対象となった27の低所得国の内、厳格化指数の値が50以上だった国は平均25カ国だったが、2021年5月には平均10カ国だった。さらに、多くの高所得国では感染症の拡大が収束しつつあり、経済活動も再び活性化している。その結果、経済活動の回復により製品や一次産品への需要が喚起されれば、低・中所得国における貧困は抑えられる可能性がある。
それでも、2021年の予測の不確実性は極めて大きい。ひとつには、2021年はまだ続いており、低・中所得国で感染の新たな波が起こる可能性、ワクチン配布のさらなる遅れ、新たな変異株、債務レベルの上昇、食料価格高騰がいずれも予測を大きく悪化させかねない。世界の貧困の動向は、一握りの国の展開に特に大きく影響されるため、こうした国で何らかの展開があれば、世界全体にとてつもなく大きな影を落とす可能性がある。こうした将来的に起こり得る展開とは別に、世界の貧困を短期的に予測するため我々が用いている方法は、実に多くの不確実性を伴う。特に、格差に与える影響が含まれていないことが大きい。
現在の試算では、2021年に世界全体で回復するとみられるが、誰にとっても一様な回復が進むわけではない。図3は、2021年と比較した2021年の貧困予測を世界銀行の所得別と地域別に示したもので、基本的に図2の2021年部分の内訳を示している。青いバーを見ると、貧困の減少は高・中所得国(高所得国:HIC、高中所得国:UMIC、低中所得国:LMIC)、特に南アジア地域(SAR)と東アジア・大洋中地域(EAP)の国々で予測されていることがわかる。対照的に低所得国(LIC)とサブサハラ・アフリカ(SSA)諸国では、2021年に貧困層が一段と増えると予測されている。 つまり、一部の最貧困国や最脆弱地域では、新型コロナウイルス感染症危機を脱する見込みがないと考えられる。
図3:2020年と2021年を比較した貧困予測の変化-所得レベル別・地域別
2021年の貧困の変化を感染拡大前に予測した変化と比較すると、つまり図3のグレーのバーと青いバーを比較すると、わかりやすい。ヨーロッパ・中央アジア地域(ECA)、EAP、SARは危機以前の予測同様、貧困層が順調に減少している。その意味では、これらの地域は貧困削減率については危機以前のペースに戻りつつある。だが、世界の最貧国と最富裕国を比べると両者の状況は異なる。HICとUMICは危機以前のペースを上回って貧困削減が進むとみられる。こうした国々では貧困層が減少しているだけでなく、危機前の貧困率予測との開きも縮小しつつある。一方、SSAとLICはその反対で、貧困層は増加しているばかりか、そのペースは危機以前の予測を上回っている。LICでは、危機以前に予測された2021年の貧困増加率は0.2%だったが、現在は2.7%と予測される。SSAでは、2021年の貧困は危機以前にも増加が予測されていたが、そのペースが1.0%から2.5%へと倍以上になるとみられる。したがって、 世界の最貧困国において新型コロナウイルス感染症が貧困に及ぼす影響は、今も続いているだけでなく、一段と深刻さを増している。
極度の貧困追跡のためのデータとエビデンス(DEEP)リサーチ・プログラムを通じた英国政府からの資金援助に心より感謝申し上げます。
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